「懐が深い」試験

「懐が深い」試験

プレップ・スクール(小学校:8~13才)から留学をする生徒が多いのが最近の渡邊オフィスの留学生の傾向です。彼らはイギリス人子女と同様に、13才の9月に進学するシニアスクールを受験します。約2年前に日本を出発したNさんは、まだプレップに入って1年半。学校が楽しくてお友達もたくさん。努力家で学校でも高い評価をいただいています。9月から進学予定のシニアスクールは、学業レベルも高い伝統ある名門校。そのNさんが得意な美術を生かし、このシニアスクールの奨学金試験の美術部門に見事、合格しました。いわゆる“美術の特待生”になるわけです。こういった奨学金試験は、普通の学科の入試とは別枠で公募され、合格者はほんの若干名ですから、なかなかの競争率です。

 

さて、彼女の受ける試験要領が届いた時は、その難易度の高さに驚いたものです。受験生は前もって与えられたテーマに沿って「準備作業・制作」をし、それらを試験会場へ持ち込み、参考にしながら実技試験で最終作品を仕上げる、というもの。その内容を簡単にご紹介します。

 

試験項目(当日)

自由画(3時間)

静物画:モチーフなし(2時間半)

美術担当教諭との面接

入試担当教諭との面接

 

事前準備

“自由画テーマは「私は誰?」。実技試験ではテーマを基にした作品を制作すること。必ず彩色をほどこすこと。サイズはA2が目安、凹凸のない平面に留めるよう勧めるが、生徒の希望と意欲を尊重する。画用紙、色画用紙、グワッシュ絵の具、水彩絵の具、アクリル絵の具、等は用意されているが、他の画材の持ち込みも許可する。珍しい画材を持ち込みたい場合には、事前に問い合わせをすること。以前に描いた作品の再現はあまり本来の力を発揮しないのでお勧めしない。試験前の週末に、作品に着想を得たスケッチや観察をしておくこと。それらと個人的な体験を基に、想像力を使ってテーマの解釈を広げてみること。アーティストの作品に関連性を見つけてもよい。前もってやったスケッチや構想準備の作品は、必ずすべて持参すること。持参した準備作品は、最終作品と一緒に提出すること。”

 

以上の他、静物画課題にも同じような事前準備が要求されます。さらに、20作品ほどを収めたポートフォリオの提出が必要です。

 

恐らく日本の受験生が同じ課題を出されてたら、途方に暮れてしまうでしょう。日本ではデッサンや絵を描くことは大量にこなすのですが、そもそも作品を生み出すまでの課程にあまり着目しないため、いざ「自由に描け」と言われると途端に困ってしまうのです。そもそもアーティストに必要なのは自由な発想とそれを形にして人々の心を動かしたり疑問を投げかけたり、ということです。デッサン力はそれをするために必要な一スキルでしかありません。イギリスは小学生の美術でも、このようにプロのアーティストと同じプロセスで制作するよう指導しているのですね。

 

さて、この試験要領は最後にこのように締めくくられていました。

“保護者及び担当の先生方へ。 当日は極力受験生が緊張しないよう計らいますが、長時間作業でかなりハードです。必ずしもいつものパフォーマンスを発揮できないかもしれませんが、たとえ不合格だったとしても、入学後は美術奨学生と同じだけ美術に携わる機会を提供しますし、GCSE、Aレベルと続けて美術を選択していってほしいと願っています。今回の受験は、当校でこれから始まる5年間の美術活動のほんの第一歩でしかありません。“

 

日本ではともすると軽視されがちな芸術科目を、イギリスでは通常の学校でもこれだけ力強く教育しているのです。日本とは所詮土壌が違うのだ、といつも思ってしまいます。

山岸

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