科目の垣根をこえて

科目の垣根をこえて

毎年終戦の日が近づくと私が決まって思い出すのがオーウェン作の詩「Dulce et Decorum est」です。これはGCSE英文学で習った反戦の詩で、戦争を美化する風潮に強く抗議するオーウェンの代表作です。日本人の私が自国の反戦文学よりこの作品が強烈に印象に残っているのは、内容もさることながらイギリスの勉強方法が理由だと思います。この詩は英文学で習ったものですが、科目をまたいで他の授業でも取り上げられていました。

詩は疲弊しきった兵士の隊列が不意に塩素ガス攻撃に合い、一人の兵士がガスマスクの装着が遅れてもがき死んでいく様を、そしてなすすべもなく遺体となった彼を運ぶ仲間を描きます。最後はラテン語で書かれた古代ローマの詩の一節「Dulce et decorum est Pro patria mori」を引用し(祖国のために殉ずるのは甘美で名誉である)これを世紀の大嘘と痛烈に批判して締めくくられます。

英文学の授業では詩の文体、構造、作者の意図などを分析しますが、他の科目ではまた別の角度から取り上げます。

恐らく想像しやすいのは歴史の授業です。例えば第一次大戦後に、軍隊に入る事を拒否する男性を女性たちが臆病者だと公然と揶揄する風潮があった事を学ぶと、オーウェンの詩が書かれた背景が分かります。また、イギリスでは定番の教育旅行「Battlefield Trip」で文字通りヨーロッパのBattlefield(戦場跡)を訪れ泥だらけの塹壕を見学した時、詩の兵士達が疲弊していった様子が現実味を帯びた気がしました。

化学の授業でもこの詩が話題に上がりました。塩素の特徴である空気より重い事や、直接触れた時に人体に及ぼす影響が教科書では淡々と説明されていますが、それらがオーウェンの詩でグロテスクに描かれた兵士の死とぴたりと重なる事に気づくと、ただの数式でしかなかったものがより具体的な物質として認識しやすくなります。

もし更に古代学やラテン語を勉強していたら、ラテン語の引用文を入り口としてまた別の観点から分析ができたかもしれません。

このように科目をまたいであるテーマについて学ぶと、より理解が深まるというメリットがあります。また、生徒達も別の授業との関連性を指摘したり、別の科目の視点で学んだ時に新たに気づいた事などもその場で声に出し、活発に発言していました。物事は様々な角度から見なければ全体像が分からないと身をもって学べたと思います。

日本の教育でも「考える力」「自分の意見を言う」事が必要と様々な取り組みがされていますが、発言する事自体を促すよりも、学び方を工夫する事で自然と意見を持ちやすくなるのではないでしょうか。

長須